初めての試み・翁鉾・四丁目鉾の曳き違い
H12年8月5日(土)午後七時に両鉾が巡行を始め
同7時35分に曳き違いとなる予定。
第37回桐生八木節まつりで、桐生祇園の歴史上初めて鉾の曳き違いが実現する。
今年は当番町の本町三丁目町会(戸田悦誠町会長)が十二年ぶりに翁鉾(おきなぼこ)を同町内で組み立て、本町四丁目町会(坂入良一町会長)は4月にオープンした「あーとほーる鉾座」に常設している四丁目鉾を繰り出すことから両鉾が揃い踏みすることで実現する歴史的なイベント。
かつて秩父、世良田とともに関東三大夜祭と呼ばれた桐生祇園。なかでも屋台の曳き違いはまつりのクライマックスと言われただけに、その華やかさが偲ばれるとともに、祇園祭の見直しにも拍車がかかりそうだ。
桐生祇園祭は、344年の歴史を持つとされ、惣六町を構成する本町一丁目から六丁目までがそれ
ぞれ屋台を持ち、鉾は三丁目と四丁目が所有する。
桐生祇園祭を研究している奈良彰一氏(本町四丁目)によると、本町三丁目の翁鉾は文久二年(1862)に完成されたもの。二層江戸型(三味線胴、金塗り屋根なし)と呼ばれる山車(だし)で高さ8b。上部に翁の人形が乗ることからこの名がある。人形師和泉屋勝五郎の作。三丁目が当番町だった昭和63年に出されて以来、12年ぶりの復活となる。当時は組み立てられただけで巡行はしていない。
四丁目鉾は明治八年(1875)製。重層桐生型、四方透し彫り、屋根付きの高さ10bという巨
大なもの。四方全面の彫刻は屋台の彫刻も手がけている岸亦八の作。昇龍、降龍をはじめ獅子、牡丹、鶴などの繊細で華麗な彫刻で飾られている。
最上部の人形は、素戔鳴命(スサノオノミコト)。浅草の生人形師松本喜三郎、50歳の作品と言われる。平成七年に104年ぶりとなる巡行を行い大きな話題を呼んだ。
この二基の鉾が揃って出されるのは明治二十八年(1895)以来、105年ぶりのこと。また、江戸時代から明治30年代にかけて屋台同士または屋台と鉾の曳き違いは行われたが、二台の鉾の曳き違いは祇園の歴史上、初めてとされる。
曳き違いが行われるのは、8月5日(土)。午後七時に両鉾が巡行を始め、同7時35分に曳き違いとなる予定。
桐生の伝統や歴史が見直されている中で、桐生祇園祭の素晴らしさも各方面から指摘されているだけに、伝統復権の大きな契機となりそうだ。